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のんびり気ままに鉄道撮影 437 JR西日本 杉本町駅編 JR WEST Sugimotocho Station

投稿日:

JR杉本町駅:https://www.jr-odekake.net/eki/top.php?id=0621906
所在地:大阪府大阪市住吉区杉本3丁目
🍫チョコっと解説 Wikipedia参照:杉本町駅(すぎもとちょうえき)は、大阪府大阪市住吉区杉本三丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)阪和線の駅です。駅番号はJR-R26。副駅名は、大阪市立大学前です。かつては、八尾駅が起点の関西本線貨物支線(阪和貨物線)の終点であり、2004年までは線路保全のために1日1往復運行する回送列車(錆取り列車)が運転されていました。同線は2004年7月1日に営業が休止され、2009年3月31日付で正式に廃線となりました。またかつては、当駅で天王寺駅方面へと折り返す普通も運行されていました。

歴史
1929年(昭和4年)7月18日 - 阪和電気鉄道が阪和天王寺駅(現在の天王寺駅) - 和泉府中駅で開業した際に、同線の停留場として開業。
1932年(昭和7年)1月23日 - 認可により駅(停車場)に昇格。
1933年(昭和8年)4月28日 - 駅本屋増築願届出。
1934年(昭和9年)7月3日 - 駅設計変更願届出(8月23日認可)。
1939年(昭和14年)上半期 - 側線を増強し配線変更。
1940年(昭和15年)12月1日 - 南海鉄道への吸収合併により、南海山手線の駅となる。
1944年(昭和19年)5月1日 - 戦時買収により国有化され、運輸通信省(後の日本国有鉄道)阪和線の駅となる。
1952年(昭和27年)9月1日 - 関西本線貨物支線(八尾駅 - 杉本町駅間)が開業し、当駅に乗り入れる。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
1993年(平成5年)7月1日 - 阪和線運行管理システム(初代)導入。
2003年(平成15年)11月1日 - ICカード「ICOCA」の利用が可能となる。
2006年(平成18年)7月29日 - 1・3番のりばにステンレス製の安全柵を設置。
2009年(平成21年)3月31日 - 関西本線貨物支線(八尾駅 - 杉本町駅間)廃止。
2012年(平成24年)3月11日 - 東口改札を新設。既存の西口をバリアフリー化(エレベーター新設・階段昇降機新設)。
2013年(平成25年)9月28日 - 阪和線運行管理システムを2代目のものに更新。
2018年(平成30年)3月17日 - 駅ナンバリングが導入され、使用を開始。

駅構造
島式ホーム2面4線を有する地上駅で、快速電車および特急列車の待避が行われています。有効長は6両編成分。駅舎は上り線西側の天王寺寄りにあり、各ホームへは跨線橋で結ばれています。跨線橋は旧阪和電鉄創業当時の面影を色濃く残していますが、ホーム幅員の狭さ (4.5m) とともに当駅のバリアフリー化を阻む要因となっています。堺市駅が管轄している直営駅で、JRの特定都区市内制度における「大阪市内」に属しており、阪和線の大阪市の駅としては最も南に位置しています。ICカード「ICOCA」を利用することができます。

線路配置
西側から1番線(上り本線)、2番線(上り待避線)、3番線(下り本線)、4番線(下り待避線)、5番線(阪和貨物線)となっています。奇数番線(1・3番のりば)が本線、偶数番線(2・4番のりば)が待避線ですが、2006年7月29日付で1・3番のりばにステンレス製の安全柵が整備されました。現在停車列車はすべて2・4番のりばを使用しています。阪和貨物線へ送り込むための待避線である6番線が駅の南側の上下線の間にあり、駅構内の上り待避線の2番線へとつながっています。かつては、駅南の踏切辺りでバラストによって2番線につながる部分が塞がれており(天王寺方面からの杉本町行きの列車に対する安全側線の意味もありました)、待避線は阪和貨物線のためだけに使われていました。しかし、関西空港線の開業に合わせてバラストは撤去され、阪和貨物線に入る列車がいない時は6番線経由で2番線に入るようになりました。これにより、僅かではあるが普通列車の待避時間が短縮されました。踏切部分にあるポイントは、6番線 - 2番線間をバラストで塞いでいた当時の名残で阪和貨物線が廃止になった現在では不要ともいえますが、異常時に備えて現在でも線路磨きを兼ねてこのポイントを通る列車があります。なお、6番線から5番線へのポイントはすでに使用停止になっており、5番線も阪和線から分かれる辺りに簡易な車止めが設置されています。

かつては天王寺寄りに上下渡り線がありましたが、高架工事を機に撤去されました。

開かずの踏切
この駅の南北に踏切があり、それらの踏切はラッシュ時には最大40分間も遮断機が上がらない「開かずの踏切」と呼ばれています。また、待ちきれなくなった通行人が遮断機を越えて渡ろうとし電車にひかれてしまうといった痛ましい事故もたびたびおこっており、これらの踏切が駅の利用者や地元住民を悩ませています。2004年に阪和線美章園駅 - 我孫子町駅間の上り線(天王寺方面)が、2006年には下り線も同区間で高架化されましたが、着工当時は関西本線貨物支線(阪和貨物線)に列車が走っていたため、杉本町駅の高架化は見送られました。

前述の通り、この駅の改札口は西側にしかなく、大阪市立大学など駅の東側に行くには前述の踏切を渡らなければなりませんでした。停留場としての開業当時は東側(大阪市立大学がある側)に改札口が設けられましたが、第二次世界大戦後にGHQが大阪市立大学を全面接収すると、セキュリティ上の理由から現在の位置に改札口が移設されました。MBS『VOICE』の「憤懣本舗」ではGHQの時代で話が終わっていますが、昭和30年頃に国鉄が改めて東側に改札を開設しようとしたところ、今度は西側出口周辺の商店街店主を中心とした反対活動が起こり、国鉄側も設置に消極的な状況が続いていました。

2008年7月「JR杉本町駅東口設置推進の会」が大阪市立大学の教員有志や地域自治会の賛同者などで設立され、以後活発な東口設置運動が展開されました。数度にわたるシンポジュウムで理解を深め賛同者を増やし、バリアフリー法による住民提案を行ったが大阪市の受け入れるところとならず、推進の会を中心とする東口設置に関する協議会が作られ、地域住民も一体になって1万3千名にもの署名を集めるなど、危険な踏切を渡らずに駅東側への安全な東口設置への促進が強力に行われました。そして、ようやく2011年6月に東口改札の工事が着工されました。(工事の着工当時はJR西日本と大阪市は2012年度7月30日を完工予定と発表していました)

その後、当初発表されていた予定よりも大幅に前倒しされ、2012年3月11日(既存西口のバリアフリー化「エレベータ新設・階段昇降機新設 等」と合わせて)供用が開始されました。

この東口開設に伴い、大阪市立大学は「北西門」を新設しました(北西門は学生・教職員からの名称募集を行い、のちに「杉本門」と決定されます)。また大阪市建設局は東口から杉本町駅南踏切東側(大阪市立大学本館地区側)へのアクセスを改善するため、駅東側に「歩行者用南北通路(住吉区第2564号線)」を着工し、2012年12月19日に開通しました。

しかし、根本的解決の南北2踏切撤去には駅の高架化が必要であり、杉本町駅のバリアフリー化が完成された訳ではありません。JR西日本としても、過密ダイヤの阪和線の安全運行のためには高架化が必須と考えており、東口の新設も高架化工事を前提として行われており、地域住民と大阪市の高架への努力が待たれるところです。

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